【意識改革】税金は”取られる”のではなく”納める”のです

「税金とられすぎやねんけど!」
「給料少ないのにどんだけ取れば気が済むねん!」

税理士事務所に勤めていると仕事柄よく耳にする言葉です。
正直僕に言われても困るんですけどね。
僕たちは”税法に基づいた適正な税額”を計算するのがお仕事です。どういったものやことに、どれだけ税金をかけるかは決めてませんので。

たしかに普段の生活をしていくうえで、”税金は取られるもの”といったイメージが定着しているのも無理がないかもしれません。
政治家や役所のお金の問題もたびたびニュースになってますし、税金にいいイメージを持てというほうが酷かもしれません。

しかし、税金を”取られるもの”といったイメージから”納めるもの”に変えるだけで、日本のお金事情に当事者意識が生まれ、税金の使い方や税金の役割なども自ら積極的に考えるようになるはずです。

この記事で”取られる”から”納める”に少しでも考え改めてもらえればうれしいです。

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イメージ

取られる

”取られる”というのはどんなイメージでしょうか?

  • 無理やり
  • 強制的に
  • 自分の意志とは関係なく
  • いっぱい

マイナスイメージばかり浮かんできませんか?

しかも、こういったイメージになればなるほど、集められた税金の使い方に関心が持てなくなりませんか?

”強制的に・無理やり・自分の意思とは関係なく・いっぱい取られる”

勝手にやれ!!自分たちは知らん!!
って思ってしまいませんか?

納める

一方”納める”にはどんなイメージがありますか?

  • 年貢を納める
  • 自分たちの意志も含まれる
  • 自ら支払いに行く

少し無理やりな感じがしないでもないですが、ポジティブな意見も出てきませんか?
”取られる”よりはよっぽどいいですね。

税金の本来の意味を考える

どうして税金を納める必要があるんでしょうか?

本来の目的は「相互扶助」の考えです。
国は国民や企業から納税してもらい、小学校や中学校の教育、公共のもの(道路など)の修繕・作成、生活に困っている人への援助への再分配など税金を使っていきます。

こういった目的があるにも関わらず”取られる”といった考えが広まっているのはなぜなんでしょうか?
やはり一番は”税金を適切に使われているか不透明”なことではないでしょうか。昨今の政治と金の問題、役所の不正経費などによって国民が国を信頼していないからでしょう。

だからこそ意識を変えよう

やはり”取られる”では受け身なイメージが拭えません。
先ほども言いましたが”納める”と言ったほうが少しだけ自発的なイメージが出てきますね。

ここで重要なのは当事者意識ではないでしょうか?
はなから”取られる”税金に興味がわきますか?
”納める”税金だからこそ、税金がどのように使われているかを見る目も厳しくなりますし、せっかく”納めた”税金をより有効に使ってほしいからこそ、選挙にも積極的に参加できるようになりませんか?

全ては自分の意識次第です。

こういった意識を国民が一人一人もって選挙や政治に関わっていけば、政治と金の問題も減ってくるかもしれません。役所の人間が不正経費を使うことがなくなるかもしれません。

まとめ

つい先日友達から「税金とりすぎちゃう?なんとかならへんの?」と言われたので今日はこんな記事を書いてみました。

まずは親世代が”取られる”と言わないようになればいいなと思います。子供は親の真似をして育ちますのでぜひ気を付けて”納める”と言っていただきたい。

そして、”税金は納めるものである”といった感覚を持ってほしいです。そうすれば税金の使途、税金の流れなどに興味がわいてくるはずです。そうなれば当事者意識が生まれ日本についてもっと知ろうとする意欲が出てくるはずです。

一人でも多く意識改革できれば、もっともっと日本がよくなると信じています。

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